視察、報告・学習会

“福島”の今を知る報告・学習会を開催

2021年3月2日

2021年2月27日(土) ボルファートとやまにて

主催:生活協同組合CO・OPとやま、富山県生活協同組合

後援:富山県生活協同組合連合会

参加者:78人<内CO・OPとやま39人(リモート参加を含む)

 福島を忘れない・風化させない取り組みとして富山県生協と連携し、今回の学習会で6回目の開催となりました。

 相馬双葉漁業協同組合 参事 渡部 祐次郎氏より「福島県漁業復興への取組、その現状と今後の展望」と題し、リモートで福島県より講演していただきました。


  震災後の平成24年6月から試験操業をスタートし、水揚げ後のスクリーニング検査で安全性を確認した上で出荷・流通させる取り組みについて説明されました。この9年間で試験操業の漁獲量や対象魚種が増加してきたとはいえ、漁獲量は震災前の13.5%、金額は19.7%程度と低く、風評被害もまだ払拭されない状況が続いているとのことでした。

 そのような状況の中でも、消費者との交流を大切にし、福島の魚の美味しさ・漁業の現状を伝える取り組みや、新たな加工商品作り、メディアでの情報発信などを積極的に行いながら福島の漁業の再生を目指していると語られました。

 その他、「福島復興支援視察・交流ツアー」などこれまで継続して行ってきた復興支援の取り組みについて富山県生協、CO・OPとやま、富山県生協連合会から報告があり、参加者は支援活動を振り返るとともに、今後も「福島を忘れず、寄り添い続ける」という思いを新たにしました。

 

 

 

 

 

【参加者アンケートより】

・渡部氏の熱いお話に、福島の漁業が直面する困難や今後の課題がよくわかりました。

・漁業の実状について改めて詳しく知ることができました。何度でも広く組合員に広めていくことが必要だと思います。

・復興支援を積み重ねてきた歴史の重みを感じます。風化させることなく、想いをつないでいきたいと思います。

 

“福島”の今を知る報告・学習会で被災地の想いと現状を学ぶ

2019年3月4日

2019年3月2日(土) 富山県民会館にて

主催:生活協同組合CO・OPとやま、富山県生活協同組合

後援:富山県生活協同組合連合会

参加者:99人(内CO・OPとやま56人)

福島を忘れない・風化させない取り組みとして富山県生協と連携し、今年で5回目となる「”福島”の今を知る報告・学習会」を開催しました。

福島県の飯舘村松川第2仮設管理人の佐藤美喜子さんは、福島県の語り部として「被災地からの想いと現状」と題し、震災当時の様子から現在の飯館村の様子、これまでの8年間の様々な想いについて、時折涙ぐみながらお話されました。

 

 

 

 

 

 

佐藤さんは、「地震発生から1ヶ月以上たってから全村避難指示が出て、この時から地域、家族、コミュニティがバラバラになってしまいました。自らの家も、飼っていた牛を処分して避難せざるをえなくなりました。原発事故は人間ばかりではなく、動植物の命をも奪ってしまったのです。」

「目に見える復興はもちろん大事です。しかし、人と人とのつながり、コミュニティのつながりという“心”の復興が一番大事だと思います。」「どうか“福島”から様々なことを学んでください。そしてどうか一人一人が声をあげてください。」と私たちに強く訴えかけられました。

また、生活協同組合コープふくしま 常務理事の宍戸義広さんが、「甲状腺検査について」と題し、福島県で震災後に行われている甲状腺検査の状況と、コープふくしまでの甲状腺検査についての学習の取り組みなどを講演されました。放射能に対する漠然とした不安を取り除くためにも学習を続けることが必要であり、ただ怖がるだけでなく、正しい知識をもち、正しく判断することが大事だと話されました。

 

 

 

 

 

その他、昨年8月の「福島の子ども保養プロジェクト」や11月の「福島の復興支援視察・交流ツアー」の報告も行われ、視察で目にしてきたこと、交流の中で感じたことなどを伝えていただきました。

 

 

 

 

↑「福島の子ども保養プロジェクト」報告  ↑「福島の復興支援視察・交流ツアー報告」

これまでの復興支援活動のパネル展示も行われ、参加者が熱心に見入る様子や、福島の特産品販売では、“買って支える”という気持ちで特産品をたくさん購入される姿も見られました。

 

 

 

 

 

<参加者の感想>

  • 目に見える復興だけでは不十分で、心の復興はまだなのだ という言葉がとても重く感じました。富山からどんな支援ができるのか、今やっていることも見直してもよいのではと思いました。
  • 佐藤さんのお話の中で「復興とは、当たり前の生活が出来る様になることが真の復興だ」という言葉が印象に残りました。まだまだ復興とは言えないのですね。
  • 被災地を実際に見たり、福島の方と直接交流したりすることで、知識としてではなく、心で感じたことを各々の言葉で語っていただき、体験の大切さを感じました。これかもずっと続けていくべきだと思いました。

 

福島復興支援視察交流ツアーを開催しました

2018年11月28日

2018年11月23日(金)~11月24日(土)

生活協同組合CO・OPとやま・富山県生活協同組合 合同企画

CO・OPとやま参加者 21人 (全体の参加者は43人)

東日本大震災から7年が経過した被災地福島を訪れ、視察・交流を通じて被災地の現状を理解し、今後の支援について考えるきっかけとするため、富山県生協との合同企画で、視察・交流ツアーを行いました。

初日は、コープふくしまから宍戸常務理事、日野理事に同行していただき、福島第二原発近くの富岡町から福島第一原発のある大熊町と双葉町、そして浪江町を車窓から視察しました。富岡町では参加者がバスから降りて、海岸沿いに福島第二原発を見ながら、「私たちが今立っているすぐ下の辺りまで、当時は津波が押し寄せ、この辺り一帯が津波に飲み込まれて何もかもがなくなった」というお話を聴きました。

 

 

 

 

浪江駅は昨年4月に再開されたそうですが、駅前は車すらほとんど通らず、人の気配もなく閑散としていました。浪江町は一部帰還困難区域が解除されているとはいえ、帰って来ている人が5%ほどしかいないという現状を目の当たりにしました。

 

 

 

 

 

↑浪江駅周辺の様子

数年前までは除染された廃棄物が入ったフレコンバックが家の庭や田んぼなどいたるところに積み上げられていました。しかし、今回バスの車窓から見える風景は、そういったフレコンバックが片づけられているところが多くなっていましたが、なくなったのではなく、中間貯蔵施設等へ移動しただけ…7年が経過し、見た目は復興が進んでいるように見えますが、問題がなくなったわけではなく、本当の意味での復興にはまだ時間がかかると感じました。

二日目は、JAふくしま未来の加藤さんからは、震災後のJAの取り組みや農産物の現状について、「浪江まち物語つたえ隊」の松田さんからは紙芝居で震災当日の町の消防団の方の様子をお話していただきました。

JAふくしま未来の加藤さんから、水田、畑などの土、果樹の樹皮まで剥いで除染し、農産物は全品目放射性物質検査をして、安全な農産物を出荷しているのに、いまだに風評被害があり、価格が低いままだという話をお聴きしました。

 

 

 

 

松田さんからは、紙芝居で震災当日の町の消防団の方のお話をされ、原発事故のために津波にのまれた町の人々の捜索に向かうことができなかったことを今でも無念に思う気持ちが消えることがない、そして、現在でも放射能という見えない恐怖、わからない不安が人々の心を傷つけ続けているということを私たちに伝えてくださいました。

東日本大震災の被害は7年経った今でも終わっていないということがわかりました。原発事故の影響で故郷に帰りたくても帰ることができない人々や風評被害に苦しんでいる人々がいます。私たちは、福島のことを決して忘れることなく、遠く離れた富山からでも“できること”を続け、支援していくことが大切だと感じました。

 

 

 

 

←ツアー参加の皆さん

 

“福島”の今を知る報告・学習会 を開催しました

2018年3月8日

2018年3月3日(土) ボルファートとやまにて

主催:生活協同組合CO・OPとやま、富山県生活協同組合

後援:富山県生活協同組合連合会、北日本新聞社

 

参加者:105人

 

 

 

 

 

今年で4回目となる「“福島”の今を知る 報告・学習会」を開催し、福島で暮らしている方の素直な思いに触れ、福島の現状と課題について学習しました。

福島県の語り部「浪江まち物語つたえ隊」松田 早百合さんは、原発事故後の避難生活などを『見えない雲の下で』と題した紙芝居で語られます。

紙芝居で「震災後、何がなんだかわからないにうちに避難させられ、落ち着いたところでまた避難。避難所は寒く、食べるものは冷たいおにぎりでした。」と当時の忘れられない生活や、7年経過した今も、普通に家族が一緒に暮らせない現実があることを私たちに伝えてくださいました。

 

 

 

 

←松田早百合さんの紙芝居

続いて基礎経済科学研究所 副理事長 後藤 宣代さんが『「3・11フクシマ」が問いかけるもの -人類史のなかで考える-』と題して講演されました。

「県外へまだ避難されている方が3,402人、震災後の震災関連死が2,202人。そのうち66歳以上の方が9割を占めている。仕事や収入、家族との考え方の違いによる不和、住まいの確保等々複数の問題が絡み合っている。

今でも天気予報と放射線量が一緒に報道されている現状の中、子どもの甲状腺がんへの不安等がありながら復興の妨げになるからと放射能の不安や恐怖について声をあげにくくなっている。支援されるべき存在から社会から疎まれる存在へ孤立させられようとしている。」と現状を詳しく語られました。

 

 

 

 

←後藤宣代さんの講演

昨年8月に富山県生協、CO・OPとやまの合同で行った「福島の復興支援視察・交流ツアー」、同じく8月に朝日町で開催した「福島の子ども保養プロジェクト」参加者からの報告や、福島の特産品(あんぽ柿やお酒、お米、お菓子等)の販売、後藤さんによる復興応援ソング「花は咲く」などのフルート演奏も行われました。

参加者からは、「福島原発の事故から学んだことを忘れず、風化させずにきちんと次の世代に伝えていくこと。福島の震災を絶対忘れることなく、自ら学ぶ姿勢を続けていくことが大切であると強く感じた。」と感想が寄せられました。

 

福島復興支援視察交流ツアーを開催しました

2017年8月31日

2017年8月25日(金)~8月26日(土)

生活協同組合CO・OPとやま・富山県生活協同組合 合同企画

CO・OPとやま参加者 16人 (全体の参加者は38人)

東日本大震災から6年が経過した被災地福島の支援を目的として、富山県生協との合同企画で、視察・交流ツアーを行いました。

初日は被災地の視察と、仮設住宅で生活している被災者の方との交流を行いました。視察には、コープふくしまの理事の方が「震災の語り部」として同行され、福島第二原発に近い富岡町から帰還困難区域となっている福島第一原発のある大熊町と双葉町、そして浪江町をバスで通り、車窓から東日本大震災の爪痕を目の当たりにしました。

 

 

 

 

 

↑ 富岡駅の様子

 

 

 

 

 

↑ 新しく建設された復興住宅。人影もありません。

ニュースなどで、復興住宅の建設や、鉄道の復旧を報道しています。しかし、実際に被災地に行ってみると、確かに整備は進んでいるのですが、住人の姿は見受けられず、鉄道を利用する人もいない状態でした。被災者の方が安心して生活できる状態が「復興」だとすると、今はまだ「整備」の段階だと感じました。

 

 

 

 

 

被災者の方との交流会では、仮設住宅暮らしの苦労や、肉親を失った悲しさなど、とても貴重なお話をしていただき、参加者のみなさんは真剣に聞き入っていました。

二日目は桃狩りと、コープふくしまの店舗などでお買い物をし、購入することで福島を支援してきました。

 

 

 

 

 

 

東日本大震災は東北各県に大きな被害を与え、尊い命を奪いました。その中でも福島県は大震災、津波だけでなく、原発事故、そしてそれによる風評被害に苦しんでいます。これからも長い歳月をかけて、福島県を支援し、見守っていくことの大切さを実感しました。

 

 

 

 

 

 

↑今回のツアーに参加された皆さん

“福島”の今を知る 報告・学習会 開催のお知らせ

2017年1月30日

■□■ ホームページからのお申し込みは、終了いたしました ■□■

□■□        ありがとうございました       □■□

 

参加のお申し込みは、こちらからどうぞ→ “福島”の今を知る 報告・学習会申込フォーム

↓クリックすると大きく表示されます。“福島”の今を知る 報告・学習会

 

 

 

「福島復興支援 視察・交流ツアー」報告

2016年5月5日

日時 3月25日(金)~26日(土)

参加者 30人(CO・OPとやま13人、富山県生協・富大生協・あさひふるさと体験推進協議会・県生協連)

主催 富山県生協、生活協同組合CO・OPとやま

共催 富山県生協連合会、コープふくしま

 

3月25日(金)~26日(土)にかけて、視察・交流を通じて今後の支援について考え、被災地の現状を家族や友人、地域の方へお知らせしていくことを目的に、富山県生協との合同(富山県生協連合会、コープふくしまも共催)で福島を視察しました。

 

1日目:福島浜通り(富岡町⇒大熊町⇒双葉町⇒浪江町⇒南相馬市⇒南相馬市小高区)~飯館村 視察

 

視察に同行し案内していただいたコープふくしまの方より、車中にて福島に原発が誘致された経過のお話がありました。1960年に大熊町に原発建設の打診があり、当時の大熊町の財政は苦しく、「原発がきたら雇用が増える」、「町の財政が良くなって地域の人に還元される」、「原発は100%安全」、「雇用が増え出稼ぎに行かなくても仕事がある」、「家族と一緒に暮らせる」等、原発が来たら夢のような暮らしが待っているような話が持ち出され、町は受け入れを決定されたとのことでした。しかし、一般住民には建設されることが知らされていませんでした。

DSC00513富岡町に入り、この地域は車両通行可能時間が9:00~16:00までと決められていて毎日約6,000人の作業員が除染作業にあたっているとのの事でした。

 

 

町の中心地に入っていくと、家がたくさん並んでいるのに人の姿が全く見えませんでした。(帰還困難地域の状態なので当たり前ですが)震災から5年経過しているにもかかわらず、この地域は震災当日のまま時間が止まっているように感じました。人が住まないと、家はどんどん傷んでいき、中には小動物の住処になっている家もあります。居住制限区域は除染作業がすすんでいます。

DSC00497DSC00499フレコンバッグ(正式名:フレキシブルコンテナバッグで汚染土を入れておく黒い袋)が山のように積まれていました。 フレコンバッグの耐用年数は3~5年ほどなので、破損したら汚染土が露出してどうなるのだろうと心配になりました。除染作業は、表面の土をはがして新しい土を入れるのですが、山土などを機械的に入れているので、長年農地で使っていた土地の土と違ってすぐには農地としては使えないとの事でした。

 

道路1本を隔てて、帰還困難地域と居住制限区域が分かれていました。自宅が、避難指示区域に入るか入らないか、さらに帰宅困難区域になるかならないかで、立ち入りや宿泊の自由だけではなく、東京電力の補償金も違ってくるので、ご近所だったのに付き合いが難しくなったとの事例もあるとの事でした。

線量計だんだん福島第二原発や福島第一原発に近づくにつれ、放射線量の測定器の数値が、2マイクロシーベルトから8.72マイクロシーベルトと数値がどんどん上がって行きました。(ちなみに富山市は0.07マイクロシーベルトほど)目に見えず、体に何も感じないのに放射線量がどんどん高くなっていったことにショックと驚きがありました。ただ事故当時は20マイクロシーベルトの高さがあったとの事でした。(人間は、一度に7シーベルト放射能浴びると100%死ぬ。1マイクロシーベルトは1シーベルトの100万分の1)

 

 

2日目:コープふくしま方木田店にて福島の現状報告・学習会、福島の子ども保養プロジェクトに過去に参加されたご家族との昼食交流会

 

DSC00527コープふくしまの宍戸常務理事から、原発事故のあと福島に起こったこと、コープふくしまの放射線に関する調査や取り組みについてお話して頂きました。

放射能学習会、ガラスバッジによる外部被ばく調査、陰膳方式による食事に含まれる放射性物質量の調査、WBC(ホールボディカウンター)による内部被ばく調査など、組合員が放射能と向き合うための取り組みを続けてこられました。「放射能は怖い分だけ理性的に怖がることが大切」という言葉が印象的でした。ただ盲目的に怖い怖いと心配するのではなく、放射能について正しい知識を身につけたうえで怖がる事が大切との事です。

2014年に全国的に協力していただいた外部被ばく調査では福島県以外の地域と比較して、福島県民の外部被ばくが異常に高いわけではないことがわかりましたと報告ありました。

フランスIRSN(フランス放射線防護・原子力安全研究所)が公表している「放射性物質拡散シミュレーション」で事故当時の2011年3月12日~放射線がどのように飛散していったかの地図を時間経過とともにスクリーンに映し出されていました。(例えるなら天気予報でよく見る雲の動きを時間の経過とともに表しているようなイメージ。)3月15~16日にかけ特に大きく飛散していました。それをみると、北は北海道南部の海上沖、南は静岡県の富士山裾野辺りまで放射線が飛散していたことがわかりました。ただ大半は太平洋の方に流れていました。こんなに広範囲に飛散していたことを今回初めて知ったのでショックと驚きがありました。もし、その時間帯に雨が降っていたら、地表に放射能が付着していたのだろうと思いました。「原発事故による避難地域の複雑かつ多様な苦難」というお話の中で国はどんどん除染して家に帰るよう促していますが、実際なかなか家に戻られていない現状があるとのこと。その原因は除染してもその除染された汚染土の入ったフレコンバッグが山のように積まれていてそこに帰るのは不安。家には帰りたいけど安心して暮らせないとの報告がありました。

また、各地の生協が、福島県の農産物を買い支える取り組みを行っていることや、全国の生協の支援により被災者に寄り添う活動や被災地視察や報告学習会が行われていること、福島第一原発で起こったことや、その後どうなっているのかを学習しました。

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福島の家族との交流では、3組11人の家族から朝日町で遊んだ時の楽しかった思い出や、現在の福島での暮らしについて近況を報告いただきました。福島に住んでいて、福島は「安全である」、「安全でない」と両方の意見の間にあり、子どもたちがこれから大きくなって福島出身と普通に言えるよう願っていますと語っておられました。

 

コープふくしまの方は「目に見える物理的復興は確かに進んでいるかもしれませんが、目に見えない被災者の方々の心の復興はこれからだと思います。みなさんにはこのことを富山に帰って自分の感じたことを素直に伝えてもらい、風化させないで下さい。」との話があり、本当にその通りだと感じました。

マスコミでは知りえないこの目で見て感じたことをより多くの人に伝え、風化させないことが大切です。

東日本大震災復興支援「福島の今を知る 報告・学習会」

2014年3月28日

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2014年3月1日(土) 富山県生協合同開催   組合員、役職員107名参加

福島の現状を知る機会として福島視察訪問(昨年11月に実施)に参加した組合員の中から2名が被災地の様子やコープふくしまの取り組みについて感じたことを報告しました。学習講演ではコープふくしまの理事や地元のNPO法人の方が、福島第一原発に近い避難地域の状況や、被災地の復興と自立に向けた取り組みを話しました。会場では福島の特産品・水産加工品のミニ即売会もありました。

福島視察交流の参加報告 (抜粋)

被災地の現実を目にした時は、時間がとまったような思いとあらためて自然がおこす災害の恐ろしさを強く感じました。浪江町の駅舎は戸が閉められたまま、駐輪場には自転車がずらり!町の中は人の気配もなく、手つかずのままの住宅、商店街、みんな原発による放射能汚染のため、丸二年半あまりもそのままの状態とのことです。いつの日かまた福島の自慢できるものが安心して全国のみなさんに一つでも食してもらえる日を信じて頑張ってください。私たちは注文することで応援します。(桃井さん)

私たちはこの被災地の遅々と進まない復興に何ができるのでしょうか。こんな迷いと、困惑の中で力強い道標をいただきました。コープふくしまの役職員の方々の活躍です。被災直後から『食の安全・安心を守る活動』や『放射線の不安を正すための学習会』、『風評被害から産地を守り応援するとりくみ』等の活動の説明を聞き、たくましさと安心をいただきました。どんな時にもつながり合う人の結びつきが、復興に対する信念となり、明るい未来の橋渡しとなるのだと信じることができました。まだまだ困難は山積みの中、食の安全を守り、未来を担う子どもたちのためにも、福島の暮らしを豊かにしていただきたい。そのためにできることはお手伝いさせてください。(石田さん)

一人ひとりができることを・・・福島被災地の視察・交流に参加

2014年1月14日

福島被災地の視察・交流1-thumb-250x189-5870  福島被災地の視察・交流3-thumb-250x182-5876

2014年11月11日~13日  参加者16名

11月11日から3日間、「福島被災地の視察・交流」に16名(組合員・職員)が参加しました。福島では今も14万人以上の県民が県内外で避難生活を余儀なくされており、事故の収束や復興の見通しが立たない状況が続いています。震災や原発事故を風化させないため、CO・OPとやまとして今後どのような支援ができるのか考える機会として企画しました。

コープふくしまの方の案内で、被災地(南相馬市から浪江町の居住制限地域)を見学、また震災以降の活動報告(放射能の学習・食事の放射性物質測定・福島県の農産物を支える取り組み・組合員が仮設住宅を訪問して開催するふれあいサロンなど住民に寄り添う活動)や、福島の抱えている現状について説明があり、「今後も地域や全国との関わりを持ち、こうした活動を続けていきたい」とお話がありました。参加者は、「復興の手助けになることを一人ひとりが考えねばと実感した」と話していました。