平和研究会

コープいしかわ組合員のみなさんと平和学習で交流しました

2018年10月17日

2018年10月16日(火) CO・OPとやま本部にて

コープいしかわで平和についての活動をされている「つばさコープくらぶ」のみなさんがピースツアーを企画され、17人の組合員のみなさんが富山県へいらっしゃいました。

午前はCO・OPとやま本部で平和研究会メンバーも一緒に「富山大空襲」についての学習です。

 

富山市の本木英子さんより

「子どもの頃、戦争があった~富山大空襲、私の戦争体験」と題して富山大空襲の体験談を聞きました。

 

 

空襲の真っ赤な夜の空を、親元を離れて疎開していた先の滑川で見たことや、

一週間後に戻ったときには自宅が焼け跡になっており、向かいの寺の境内が遺体収容所になっていたことなど、当時小学校4年の子どもにとってすさまじい記憶であり、今でも忘れられないことを語られました。

戦後も貧しく、みんな裸足で学校へ通っていたこと、わらで作ったパンを実験的に食べたこと、空腹は人の心も貧しくすることなど、今では想像もできないような苦労を重ねてこられてのお話でした。

本木さんは子どもたちに平和で豊かな将来を贈るために努力することをライフワークとされているそうです。

続いて、平和活動に30年以上関わってきたCO・OPとやま職員の荒木さんより富山大空襲のデータや被害が大きくなった背景についての説明をききました。

旧富山市の98%が消失し、3,000人が犠牲になった激しい空襲だったこと、「逃げずに消化せよ」との指示が出たために被害が拡大したこと、神通川に逃げて水死した焼死体が海岸まで流れ着き、氷見の海岸には今でも慰霊碑があることなどが紹介されました。

 

【参加者より】

・昭和19年に富山で生まれました(現在は石川在住)。母から神通川に沢山死体が流れたことや、ミルクの配給をもらうのが大変だったことをきいています。食糧がなくて、大学へ行くときも「米の配給手帳」を持っていきました。

 

・戦争を語り継ぐための記念館などがない中「命の限り伝えないといけない」と富山県の皆さんが頑張っておられると感じました。憲法改正の話も出ていますが、憲法を守る取り組みもすすめなければと思います。